経営はオーケストラが
奏でるハーモニー

楽天株式会社 副社長執行役員 CIO&CISO
フィンテックグループカンパニー CTO
平井 康文 氏

「三方良し」の考え方はグローバルにも通じる。

松 園

平井さんが目指す経営者像はありますか。

平井氏

私はマルコム・ボルドリッジ国家品質賞(日本ではJapan Quality Award)の経営品質向上プログラムをずっと勉強しています。我々の事業部でも、そのプログラムを導入しています。その考え方の中に、日本で昔から近江商人の心得とされた「三方良し」と似た考え方があります。「売り手良し、買い手良し、世間良し」という売り手と買い手がともに満足し、社会貢献もできることを良い商売とする考えです。

本来経営というのはお客様本位で社員重視、そして社会の調和の三つがバランス良くなくてはいけない。常にお客様第一の「買い手良し」これは間違いない。そして社員重視の「売り手良し」。なぜならお客様に満足や満足を超えるサービスを届けるのは社員だからです。もう一つ企業経営においては財務的な価値、P&LやB/Sを重視しがちです。もちろんそれは株主に対する大きな責任ですが、それに加えて社会的責任としてどんなソーシャルバリューを持つかという「世間良し」は重要。「売れたら良い」だけではなく、それによって世の中がどう変わるか、どんな利便性をもたらすか、世界がどのように変わるかという社会的価値を定義できるかを、常に考えています。その「三方良し」を、場面や事象で優先順位を変えながらバランスを取っています。

松 園

なるほど。顧客第一主義が大前提という考え方はお話の中にも見受けられますし、それをやるのは社員、接点は社会。その三つのバランスが大事ということですね。平井さんは若いうちからトップマネジメントに近いところで経験を重ね、活躍の場を別の企業へと変えていかれましたが、その3つの大切な要素を強く感じたのはどんな場面でしたか。

平井氏

ITの情報技術の進化と私の経歴は、大体合っていると思います。楽天に来る前に3社を経験させていただき、それぞれすばらしい会社で、学ぶことがたくさんありました。
IBMで担当したのは重厚長大なメインフレームコンピュータと大きなシステム開発案件。マイクロソフトに移ったのは、ITのクリティカルポイントがハードウエアからデータベースやウェブサーバーなどのミドルウエアに移行する時期。その後クラウドに情報やデータやビジネスプロセスが流れ込むようになり、コントロールポイントがネットワークに遷移する時期にシスコシステムズへ。時代の変遷の中で最も注目されていたテクノロジーやソリューションを担当出来たのは幸運でした。
中でも「三方良し」のような考え方は、シスコの時に重要性を非常に強く感じました。シスコにはシスコカルチャーという尊厳のある企業文化がある。グローバルで何万人もの社員がいても必ずそれに帰属し、判断基準になっています。

楽天にもそれに負けない、またはそれ以上の企業文化があります。創業者三木谷と社員が作った「楽天主義」です。これに感銘を受けたのが楽天入社の理由の1つになりました。そういうものがある会社には、まず間違いがない。何かに困ったとき、ここに戻れば解決する。これは社員の行動規範のように、守らないといけないものではなく、正しいことをやっている社員を守ってくれるリソースにもなると思いました。
「楽天主義」の中には「成功の5つのコンセプト」があります。「常に改善、常に前進」から始まり、やはり「顧客満足の最大化」という言葉が入っています。

松 園

確かに、改めて平井さんの経歴を拝見すると、顧客ニーズにともなったテクノロジーの進化、ハードウエア、ミドルウエア、ネットワークと常にお客様のニーズに寄り添う姿が見えてきます。その先に「楽天主義」というフィロソフィ&ポリシーを大切にする会社のストーリーが綺麗に繋がりますね。移られた経緯はどんなものでしたか。

平井氏

私は三十数年、外資系企業の日本法人の社員として仕事をして、本社が作った戦略を日本というテリトリーでどれだけ成長させられるかを主に考えてきました。それはとてもやりがいのある仕事ばかりでしたが、日本発で、どれだけグローバルに通用するか試してみたい、一度本社の役割を担ってみたいという思いもありました。そこに三木谷から「平井さん、ここが本社ですよ!」と声をかけてもらった のです。楽天ならホワイトキャンバスに自由に絵が描ける。顧客目線から「こんなことをお客様が求めている。だったら、それを作ろう」と動けることが何よりの醍醐味です。

松 園

我々も外資系企業のエグゼクティブの転職を多くお手伝いしていますが、外資系企業からグローバル展開する日系企業へと移るエグゼクティブの流れを感じています。以前の平井さんのように、日本の役員をやりながら本国の役員も兼務できる仕事もある一方で、日本でしっかりとディシジョン出来る会社が減ってきていて、支店、本支店のようになっているのではないでしょうか。日本のマーケットシェアが減ってきたのも要因でしょう。その点、日本発の楽天なら仕事をディシジョンする面白さが味わえますね。

次代へ向けた楽天の戦略

松 園

今、御社ではビジネスの拡大のために、事業ドメインも縦ラインの他にマトリックスで横ラインも展開するなど、色々な仕掛けをされていますが、今後どんなところにチャレンジしたいとお考えですか。

平井氏

楽天が今目指しているのは、ただのインターネットサービスの会社ではなく、「グローバル イノベーション カンパニー」。グローバルにイノベーションを巻き起こす会社。その題材がインターネット、ということかもしれません。
楽天の強みはメンバーシップ。日本でも9千万人以上、全世界で約12億人の楽天会員がいます。これが大きい。2020年までにそれを20億人にまで増やそうというのが三木谷のビジョンです。データに基づいた、データセントリックなメンバーシップカンパニーを目指しています。それを支えるのが横軸のプラットフォームで、まさに私が担当しているテクノロジーです。どうしても情報システムというと、事業モデルが先にあって、それを実現するために作ると考えがちですが、むしろ楽天ではテクノロジーのアーキテクチャーが半歩リードしながら、具体的なビジネスモデルやサービスに仕立て上げます。それが楽天の目指しているものです。私の当面の一番重要なミッションは、楽天会員IDで、楽天スーパーポイントのようなロイヤリティ・プログラム を、全世界のサービスに展開していくことです。

松 園

例えば、航空事業に参入というスケールの大きなビジネスプランもあるようですが、そういうところにもデータベースを活かすということでしょうか。

平井氏

はい、データベースが全てだと思います。

今後の課題、音楽と経営、そして夢。

松 園

ところで楽天というと、三木谷社長の強いオーナーシップをイメージしますが、実際にはいかがでしょう。

平井氏

集中と分散のバランスは取れていると思います。社内カンパニー制の新体制度になって1年半程なのですが、これは各統括者の責務を明確にすることにより、スピードと効率化を図るものです。グループを統括する三木谷の強いビジョンとリーダーシップがある中で、それをカンパニーがファンクションとしてどうやって追いつき、もしくは追い越すかということが重要です。

松 園

ビジョンではトップダウンという部分もありますが、三木谷さんはシェアをしていくというこだわりが強い印象があります。

平井氏

そうですね。情報共有はとても重要です。70以上の事業体があり、BtoBもあればBtoCも金融も、という全てがあってこそ楽天の強み。それぞれのサービスに対する競合他社がたくさんある中で、そこに対して情報力を持って我々の価値を強めることが重要です。情報共有、さらに言えば人財交流を、もっともっと進めていかなければと思います。

松 園

交流することで情報のシェアが進み、パラダイム・チェンジしていくということですね。個人的にチャレンジしたいテーマはありますか。

平井氏

今でも音楽が大好きなので、三木谷が東京フィルハーモニー交響楽団の理事長をしていることもあり、私も同楽団の理事をやっています。個人的には音楽と事業を結び付けることをライフワークとして、ボランティアなどでもいいので取り組んでみたいと思っています。

松 園

「経営はアートだ」とも言われますが、音楽が養ったものは平井さんの経営に役立っていると思われますか。

平井氏

もちろんです。音楽はハーモニーと言われますが、経営もハーモニー。尊敬する経営学者ヘンリー・ミンツバーグは、アート、サイエンス、クラフトという3つを挙げています。MBAで教えるのはサイエンスの世界で、実際に意思決定する時には、習ったこのメソッドとテクニックをこう組み合わせて意思決定をしようというのではなく、アートの世界。彼は右脳が経営で最も重要な要素だと言っている。組織を束ねるリーダーシップはオーケストラから学ぶものは多いと思います。

また、ピーター・ドラッカーがこのようなことを言っています。「オーケストラは一人一人違う楽器で、同じスコアに基づいて演奏するが、皆役割がちがう。ファーストバイオリンセクションは、ホルンセクションのボスではない」。

オーケストラは非常に面白いコミュ二ティ。舞台では100人位の人が演奏しますが、譜面には自分の演奏する音符しか書いていない。唯一指揮者だけが総譜という全部が書いてある譜面を持つ。でもあれだけのハーモニーを聴き合って、誰かが目立つと誰かが引っ込むというバランスを自然と作れる団体です。もう一つ面白いのは、指揮者は全てを統括していますが、唯一指揮者が舞台で音を出さない音楽家ということです。でもその組織が成り立っている。そういう意味ではこれからの組織運営には、オーケストラ型の発想が大事なのではないかとも思います。

松 園

誰1人欠けても成り立たない、素晴らしいハーモニーで音楽を奏でられる組織ですね。楽天のリーダーが平井さんも含めて様変わりしている中で、これから仲間として来て欲しい人物像はありますか。

平井氏

もっと様々な経験を持った方に参加して欲しいですね。たとえば、弊社の他の副社長は、金融、製造業、広告業界から参加し、私はIT業界から。バックグラウンドがもっと多様な人に参加してもらえば、多様性の中から新しい何かが生まれるはずです。

松 園

まさにオーケストラですね。

平井氏

そう、バイオリンだけでなくヴィオラも必要なんです。長い40分の曲で1回しか叩かないかもしれませんが、シンバルも必要。それが三木谷の指揮のもと、ハーモニーを奏でるという感じですね。

次代の経営者へのメッセージ

松 園

最後にエグゼクティブを目指す人に一言お願いします。

平井氏

大きな夢と強い意志を持って欲しいと思います。私は新経済連盟という団体に携わっています。毎年「新経済サミット」が開催され、全世界からイノベーターやアントレプレナーが来て、講演やディスカッションなどをしています。そういう方たちには共通点があり、極端に言えば英語でいう“メガロマニア”なんです。「こんなこと無理では?」というような、凄く大きな構想を持っていて、確信も強い。でも同時にパラノイア的な緻密さを持っている。この2つのバランスが卓越しているんです。私を含めて経営する者は、そんな巨大な夢を持ち、自分への強い自信を持つべきだと思います。

もうひとつは英語。グローバルに打って出るなら英語は避けて通れない。弊社は2010年に社内公用語英語化の方針を発表してから、5年目で社員全員のTOEIC平均が800点に達しました。流暢とは言えない人もいますが、意思疎通は出来る。日本には独自の美学や、どこにも負けないおもてなしの精神や行動様式、品質の高さなどがあるので、グローバリゼーションは日本にとって脅威ではなく大きなチャンスになります。この機会を逃さず、語学力を身に着けてステップアップしていってください。

Topページへ