面白い、の気持ちを
持続させるのは面白さ。

大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社
代表取締役 神保敏明氏

グローバルで先端技術やイノベーションの重要性が増している中、国立大学の出資事業で、各大学子会社のベンチャーキャピタル活動への期待も一層高まっている。その現状とご自身のキャリアについて大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の代表取締役の神保敏明氏にJAC Recruitment代表取締役社長の松園健がインタビューしました。

スタートは証券会社の調査部でした

大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社
代表取締役 神保敏明氏

松 園

神保さんは、大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社の代表取締役でいらっしゃいます。今の地位に至るまでどのような道を歩んでいかれたのかをお聞かせください。

神保氏

私が社会人のスタートをしたのは、証券会社の調査部でした。今では“アナリスト”とも言われていますが、当時は調査部員という肩書がついた名刺で企業を訪問し、産業界動向や個別企業の業績見通しをレポートにまとめるのを生業にしていました。そんな仕事に25年ばかり携わっていたのですが、ちょうど証券界が荒波の時代を迎えたころ縁あって地銀のベンチャーキャピタル会社で新しい仕事を手掛ける機会を得ました。いわば、評論家が実務まで手を出す格好になったのですが、なんとか十数年にわたって仕事を続けることができました。その時にできたご縁もあって、大阪大学が取り組んでいた出資事業の委員会に出席させていただいていました。委員ですから、執行の難しさを抜きに正論を言う論評ばかりをしていましたが、それなら経営にまでとなって、2017年に就任しました。
大阪大学ベンチャーキャピタルは会社設立、ファンド組成と順調に進み、草創期を終えた段階で、次の投資拡大というステージに入るところでお声がけいただいたという形です。実際の投資業務を拡大する上で、その組織や営業体勢をどう組み上げるのかが課題になっていたので、経験者がいた方がいいのではないかということでお声がけいただいたんじゃないかと、私自身は思っています。従って、私が着任して最初に取り組んだのは、組織体勢を作るところでした。それがJACさんと関係を深めるきっかけにもなりました。

大学の研究成果をビジネスにする

松 園

国のバックアップもありながら、色々なビジネスを開花させていきたいとお考えでいらっしゃると思うのですが、“大学系のベンチャーキャピタル”という業界がどういう状態かお聞きしたいです。

神保氏

どの観点で整理するかにもよるのですが、ベンチャーキャピタル業界というよりも税金を使った事業、という見方で考えた方が分かりやすいかも知れません。私どもの事業は一般に官民ファンドと呼ばれています。官民ファンドには14の組織があります。このうちの一つに「官民イノベーションプログラム」というのがあります。文部科学省と経済産業省の共同管轄となっている仕組みですが、この枠で4つの大学へ総額1千億円の資金が投入されています。4つの大学はそれぞれ、全額出資の株式会社を設立して投資事業を展開しています。つまり、官民ファンド全体では17の組織が投資業務を行なっていることになります。この全体をひとまとめにして、官民ファンドの運営が税金の無駄使いになっているのではないか、という批判が昨年の夏以降に出てきているのはご承知の通りかと存じます。税金が投入されている事業ですから、我々が展開している取り組みについては基本的にオープンにしています。

松 園

オープンにしている理由は何かあるのですか?

神保氏

昨年8月以降、世間からの風当たりが強いという事を感じています。4大学で一千億円投入されているけれど、その消化率が悪い。「一千億円入れたのだから2年経ったら、五分の一は消化できているはずでしょ」と言うのが論点だと思えます。「五分の一も消化できていないという状態なら、その投資運用能力がないのではないか」とか「消化する力がないなら国庫に返納するべきではないか」ということですね。数字だけ見るとその通りではありますが、投資業務の現実はオカネをいれたからすぐに使っていくという性格のものではありません。そこへ至るには、相応の準備と時間が必要です。確かにファンド組成の資金集めは低コストですが、運用には制限も多いのです。従って、数字を挙げての批判は、その根底にそもそも、税金でこういうことをやることに対する反対意見の方も結構多いのかも知れないとは思いますね。そういう意味では、否定的な意見も多い中でこのビジネスを軌道に乗せるためには、できるだけ情報を開示していく必要も感じています。

JAC Recruitment
代表取締役社長 松園 健

松 園

御社のビジネスのことを、もう少し詳しく教えてください。

神保氏

大学の研究成果を基にしたビジネスというのが大前提です。すでに会社組織が出来上がっている場合には、大学で生まれた研究が核として活用されているかの確認から始まります。研究室段階で留どまっている場合には研究成果を現実社会の経済活動にはめ込み、世間で歓迎されて収益も上げて行く仕組みを研究者の先生と一緒に考えて作って行く必要があります。いずれにしても非常に手間ひまがかかることです。しかも、民間資金と競合しない形で拾い上げて、形を変えれば、「こんな凄いことになるじゃないか!」という案件を作るのが私どもの基本です。ここで時間を要していますので「消化率が悪いのではないか」という外部からの批判には、いかに説明するかという難しさを感じています。融資業務みたいに担保があれば「今年はこれだけ貸付します」というようなビジネス展開にはなっていないのです。私どもの投資業務と言うのは準備して、仕掛けを作って、仕込んで実際に投資を開始するために助走期間がいるわけです。ジェット戦闘機でも、エンジン入れてすぐにマッハまでの速さにはならなくて、必ず滑走路を走っていかないといけないでしょう。その滑走期間を無視して単純に“消化率何%”と批判はする人は、この点をご理解いただけてないのではないかと思っています。

もう一つの難しさは、世間一般に知られている投資ビジネス、資金を必要としている人を探してそこに投資する、と言う形ではないところにあります。大学の研究室を回って、先生の研究成果が社会にとって有益であり、事業化するに値するのか、研究者にその意思があるのかを確認する。さらに、その研究が科学的に確かなものであるのかを確かめてから、どんな方法でビジネス化して行くのかを調整していくのは手間ひまがかかるサービスだということをご理解いただけていないと感じています。大学の研究者が投資案件として申し入れてくれるのは稀です。こちらから御用聞きに回って行く必要があります。案件はそこここに転がっている訳ではありません。その点は、非常に苦労しています。大学には投資する素材がゴロゴロ転がっていると世間一般の方には思われているかも知れませんが、むしろ投資する形になっている対象と言う点では、街の中を歩いているほうがたくさんあるように感じます。研究成果をもとにしたものへの投資、と限定されているので大学の中でのファインディングには力仕事が欠かせません。ただ、その点では大学の関連組織の協力も得ておりますので外部の方よりもアクセスが容易という利点があるかも知れません。

松 園

社名もそうですが、“ベンチャーキャピタル”と名前がついた瞬間に、今おっしゃっていたように一般の方は、いかにスピーディーにエグジット(投資資金回収手段)して、リターンをとって…というようなイメージなのではないでしょうか。 でも実際は、民間でもやれないような、社会貢献や医療関係など大変意義のある分野に投資をされていますよね。

神保氏

税金が原資になって大金が投入されていますが、仕組みとしては株式会社です。直接の出資者は国立大学法人で、株主も同じく国立大学法人です。法人が株主の株式会社ですから当然“利益追求型”という判断で動くはずです。ところが建て付けとしては出資金を毀損させない事にもなっています。出したお金が減らない形で、1以上回収できたらそれでいいという分けです。普通、利回りを気にせずお金を出す人はいませんよね。でも利回り抜きに利益を追求する株式会社組織でやっていくのは矛盾している面もあると思います。利回りがいくら以上必要という事がない点は、すごく楽なところなのですが、毀損させない程度まででも構わない水準が「民間では取れないリスク」の幅になります。これをリスク量という表現に置きかえれば、より多くのリスクを取れるということになります。リスクは単に損失を出してもよいということではありませんので、リスクを取るまでにはリスクを回避するのと同じ様に時間がすごくかかるし、それができる人材も必要です。時間がかかってしまう、ということは利回りが低下することです。それを承知でする、というのはその部分でもリスクを取っているのと同じだと思います。
事業会社をファインディングして案件化し、投資手続きを進める人材は、金融関係や投資業務関連分野出身者なら、世間にはたくさん専門家がいらっしゃると思いますが、様々な観点からの意見が噴出してくる組織の中で真摯な対応をして行こうとすれば、単純に利益を上げれば良いという指標だけで動ける組織よりも難しい判断に直面することもままあります。そうなれば、従業者にも熱意や思い入れが必要な側面があります。

アカデミアな世界における成功を見極める事の難しさ

神保氏

難しさ、という点でいえば科学的な判断という点にもあります。アカデミアの世界でノーベル賞級の発明でもその成功のきっかけを聞くと、偶然である事が結構あると思います。いわゆる技術、サイエンスの世界では偶然のファクターは無視できないと言えるでしょう。でも偶然は偶然だけで生まれるものでもないと思うのです。偶然に出会うためには、その確度をあげるための努力も必要でしょう。
研究者がその努力を繰り返している段階では、これが良いとか悪いとかの判断を第三者からは言えません。生涯をかけて取り組んでいる研究者の研究内容を科学として見極め、それを社会有益性や事業性と重ね合わせて判断していく事の難しさもあります。事業化可否の基準での判断であっても、話の持って行き方では生涯をその研究に生涯を捧げている先生の人生を全否定することに繋がる可能性もあります。話し合いと双方の納得の重要性を日々感じます。

松 園

それは簡単な言葉では表現できないですよね。

先生にアプローチするときは万全の準備態勢で

松 園

先生方へのアプローチも難しいですか?

大阪大学ベンチャーキャピタル株式会社
代表取締役 神保敏明氏

神保氏

先生方って忙しいので、じっくりお話できる時間もなかなかとってもらえません。民間企業だったら、「面白そうだな、話を聞きたいな」という方に「お会いできませんか?」とアプローチすると、会ってもらえる事が多いものです。話も結構弾みます。でも先生の場合は「教育」という指導業務も抱えておられてそう簡単には行きません。まず会うことが難しく、お会いできて話をしても、先生のニーズと合わないというか、先生の専門的な知見にマッチするような話ができなければ、「仕事の邪魔をするな」と思われてしまいます。そう思われてしまうと、ビジネスとしてはいい話ができそうだとしても、もう二度と話をしてもらえません。だから準備にも時間が必要ですし、気を使います。そこは世間と違うところではないかなと思います。

松 園

そうですね。通常のビジネスのアプローチとは全く違いますね。

神保氏

専門の先生方の世界には、そこだけの言い回しや専門用語があるものです。私のように金融の世界から来た人間には同じ日本語の構造で話していても真意が通じないこともあります。それが日常なので、会話を成り立たせるためには、それなりの努力が必要になります。

松 園

たくさんのスタッフの方がいらっしゃって、いろいろ調べたり、さまざまなアプローチをされたりすると思いますが、その辺は社内など、皆様でシェアするのですか?

神保氏

共同で作業することがあります。専門用語を解説するためのサイエンティストと、投資の話をするキャピタリストと職能別に配置しております。博士号クラスの人に来てもらってサイエンティストとして通訳をしてもらっています。
キャピタリストが投資業界の感覚から、一方的にロジックを押し付けてしまうと、大体話は崩れます。そうならないように気をつけています。私たちが運用する資金は、学問や研究に専念して経験をたくさん重ねてきた研究者に、その成果を社会に還元し、それで増殖した資金を研究の発展に回すための資金です。単に「資金が入るからこれ使ってください」とか「ニーズがあるからお金を集めてきます」だけでは解決できない性格のものです。そこに魅力を感じる人には面白いと思う仕事ですが、単に職業として取り組む人には耐え難いこともあると思います。

松 園

一般のビジネスライクの考え方だと、かなりストレスもあるし通用しないということですよね。

神保氏

そうですね。何とか私が続いているのは、一旦引退生活も経験してから、1歩下がって「物事はなるようにしかならんよなぁ」という心の余裕を持てているからだと思うこともあります。

松 園

変にのめりこみすぎてしまうと息詰まることもあるかもしれません。俯瞰で見ていらっしゃるということもいいのかもしれませんね。

神保氏

目標に向かって全社一丸体制を作るのが経営者の役割なのだとすれば、一般企業の経営者とは違うのかもしれません。ただ、個人的に言えば引退生活を経験して後に社会勉強させていただいているという感じでありがたいことです。社会には感謝しています。従って、今の環境を与えてくれた株主にも、そんな社長を担いでくれている従業員の皆さんにも感謝しています。

Topページへ