エンジニア、プロフェッショナルが
もっと評価される日本に!

富士通株式会社 シニアフェロー
宮田 一雄 氏

サラリーマン社長の言うことなど、誰も聞かない

松 園

宮田さんの著書を拝読すると、2001年、46歳の頃に経営学者の野中都次郎先生に出会われSECIモデル(知識創造のモデル)を学び、またゴールドラット博士のTOC理論(theory of constraints)、それを活用したCCPM理論(Critical Chain Project Management)も体得されたとか。2011年には、金融機関や官公庁などの公共性・社会性の高いシステム開発を得意とする、グループ会社「富士通アドバンストソリューションズ」の社長になりました。どんなことに取り組まれましたか。

宮田氏

いい会社にしようと、ある意味楽しみながらやりました。まず社長に赴任してからすぐに、社員は社長の言うことなんか真面目に聞いてないことに気づきました。収益も比較的安定していた会社だったためか、2年ごとの社長交代があり「社長はいいこと言っているけどまた変わるんでしょ」とみんなが思っていたんです。だから私はオーナー会社のつもりで経営し、任期6年やるつもりだと公言し、社長講義を開始して、自分が学んだ理論や経験を伝え続けました。自分のやりたいビジョンを語り、みんなからの疑問質問に全て応える講義を24人ずつ45回、約1000人のリーダー層に実施しました。それが私の社長としての根っこです。開催45回目でも、24人のうち6人はその講義で社長を初めて生で見たということ。それがSE会社の難しさです。みんなプロジェクトメインで顧客先で仕事をしていて会社に戻ることが少ないからです。私自身も30代の頃は、会社に戻って社長の講話を聞くなんて意味ないと思っていましたし(笑)。まず社員とトップの距離を縮めることに努めました。

松 園

その後色々なグループ会社を経営された中で、経営には何が大事だと思いますか。

宮田氏

まず社長は社員や新入社員に、明確な「勝てるビジョン」を説明できること。お題目はだれでも唱えられますが、それを具体的に、如何にみんなで勝っていけるのかを説明します。私は楠木健先生に学んだのですが、戦略とは、短期的な利益ではなく、長期的な利益を出し続けられること。それ以外は戦略ではない、コストダウンなんて戦略でもなんでもない、ではどうやって勝つのか。勝つためのポイントを明確にして、徹底的に強化します。そして、それを全員で共有してみんなで勝ちに行く。その3ステップを戦略としての自分の軸においています。経営者は「勝てる、大変だけどこの3~5年で必ず勝てる、なぜならば…」という語りができなければダメだと思います。欧米の会社やオーナー企業は大体それができていますが、日本のいわゆるサラリーマン経営者の中にはできていない、もしくは意識していない人もいます。私自身は、自分の考えを社長メッセージとして書いて伝えていました。富士通ミッションクリティカルシステムズの時代には、社員がそれを本にしてくれました。私の貴重な宝物です。今は変化の時代、昔は企業30年限界説だったものが、5年、10年もたない時代、ビジョンを明確にして勝ち方をロジカルに説明することが大事です。日本の企業は現場力が強いので、現場が頑張れば、ある程度の結果を出すことはできますが、最終的には経営がうまくリードしていかないと現場力を継続できないと思っています。特に大企業は、優秀な学生をたくさん採用している以上、現場力の強い人材を育成し、活躍の場を提供し続ける責任があります。

エンジニアが評価されるプロフェッショナル時代へ

宮田氏

日本が電気、自動車に続いてなぜIT産業でトップになれなかったかというと、MITのマイケル・クスマノ氏が書いていますが、ヨーロッパは、ITをサイエンスと捉えて学者が研究して、オブジェクト指向やインダストリー4.0のように標準化してきました。一方アメリカは、ビジネスと捉えて、マイクロソフトのようにマーケットを取りにいくことで、勝てる土壌をつくりました。しかし日本は、製造業のアナロジーで多重下請け構造を作ってしまいました。上流で設計して下流で開発するという製造業のモデルで産業を作ってしまったため、実際「ものづくり」をしているITエンジニアはほとんどが中小企業にいます。下請けの構造から、エンジニアが評価されづらく、若い人がITエンジニアになりたいと思わない現象が10年以上続いています。最近はAI特需で少し盛り上がっていますが、本質的には日本ではプロフェッショナルは評価されづらく、ゼネラリストが評価される社会です。欧米企業のCIO(最高情報責任者)はエンジニアとしてITの世界でもトップのクラスの人たちです、知見のある人が就任し、変革を推進し、デジタルトランスフォーメーションを起こしているわけです。CIOは変革を起こすことが仕事のため、ITの知見がないと難しいと思います。日本企業でよく見られる、ゼネラリスト思考の会社は今後厳しくなると想定され、プロによる経営が必要となっていきます。

そのためにも、ITエンジニアが会社の中で評価されるキャリアパスがないと育成できません。製造業の場合、ハードがメインとなるためソフトはあまり評価されません。プロフェッショナルが評価される社会にするためにも、会社がITエンジニアをどう評価していくかが今後のカギを握っています。私は最終的には人を育てること、教えることをライフワークにしていこうと考えています。SEほどクリエイティブな仕事はなく、同じプロジェクトは1つもないし、お客様との関係の中で、自分のアイデアにより価値を生みだしていけます。グローバルにおけるITエンジニアといえば人気の職種ですが、日本では3K職として表現されています。創造的な仕事であるエンジニアを正当に評価していかないと日本は衰退していくと思っています。

松 園

経営者としてもライフワークとしても人の育成を大事に考えていらっしゃる。SEをはじめとしてエンジニアの復権が、日本の製造業の未来につながるということですね。CIOのお話、私も痛感しています。我々JACリクルートメントはハイクラスの人材紹介を得意としているので、経営陣であるCIO候補も各企業さんにご紹介していますが、日本の企業はCIOという地位が確立できていない印象がありますね。日本では、外部から経営陣やマネジメントのプロをいれることにまだ抵抗がある企業もあるようですが、プロフェッショナルの力は複雑化する社会では大きな力になると考えています。

宮田氏

これからはプロフェッショナル社会になっていきます。外から招くのもいいと思います。ロジカルに考え、話せる人に来て欲しいです。

新プロジェクトは社内シリコンバレー

松 園

今後はどんなことにチャレンジしていきたいですか。

宮田氏

今は20年前にはできなかったことがあっという間に実現できる時代。アイディアを出してテクノロジーをつかって具現化する、というシリコンバレーで起きていることを実行できるタイプの人間が必要です。そこで私が富士通本体に戻って着手したのが、2017年に立ち上げたデジタルフロントビジネスの事業です。次の時代を支える事業の開発をするために社内のエンジニアを200人集めました。リソースは富士通の中に沢山いるものの、優秀なSEはただでさえ業務多忙で飽和状態、如何に人を集めるかが課題でした。各部署から、理系の大学や大学院でしっかり学んだ素養がある人材で、職場で活かしきれていない人を出してもらったところ、そこには光る人材がたくさんいました。みんなで集まってワイガヤで、最先端のテクノロジーで素晴らしいものを作ってくれています。直近では「ピッチベース」という動画を使った野球向けのソリューションを開発し、メジャー4球団に売れています。次のステップでは、さらにマーケットの拡いサッカーへの適用を考えています。近年、スタートアップによるスポーツテックへの投資が活性化しているので、市場を開拓して、そのプラットフォーマーになりたいですね。

松 園

まさにイノベーション。どの会社でも先端テクノロジーが進んでいく最中なので、人的リソースを考えてもバックグラウンドだけではドンピシャな人は世の中にそうはいない。どんな人を適材適所でアサインするかは我々にとっても課題です。その1つの答えにもなりますね。

マネジメントに必要なこと

宮田氏

やはり日本には現場力があります。今、様々なマネジメント手法がありますが、日本の良さに立ち返って、チームでワイガヤ明るく力を発揮してもらう環境を作ることこそがマネジメントだと思います。イノベーティブな人材を輩出するスタンフォード大学のd・スクールでこう言われたそうです。「かつてシリコンバレーのエンジニアがいい製品を作れず、日本で生み出せるのはなぜかと研究したところ、日本では設計チームがみんなでワイワイガヤガヤ、阿吽の呼吸で新しいものを生み出していました。我々には‘阿吽の呼吸’が理解できなかったため、あえてその手法をデザイン思考として定義したのに、従来自然にできていた日本人がそれをわざわざ学びにきていることが不思議だ」と。

松 園

なるほど。マネジメントは外に学ぶだけではなく、日本の良さを見直すのも必要ですね。日本の製造業を、ITを元気にするためのアドバイスはありますか。

宮田氏

経営やマネジメントを目指すエンジニアも、教養を身につけるべきだと思います。欧米ではナレッジマネジメントのコアとなるSECIモデルやTOCを教養として身につけている人が多いです。そんなグローバルな人材と共通認識がない中で議論をしてもロスが大きい。大学や企業でもあまり教えていないのであれば、リベラルアーツ的なこととして教育すれば日本のSIはもっと生産性を上げられます。こういった理論をお客様とベンダーが共有してプロジェクトに取り組めば今の半分のコストで達成するのも夢ではありません。教養を学んだ上で、日本流のワイガヤを応用していく。これが日本の企業をもっと押し上げていく鍵ではないでしょうか。

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